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何の利害関係もないひとを応援することの楽しさとメリット

   

最近というかここ3,4年なのだけれども、ジャイアンツが好きだ。

巨人ね。野球。

20160714先週ドーム行って勝った時の写真。

 

もともと野球少年でも無いし、とはいえ幼少のころグローブとサッカーボールを買い与えてもらい、ジャイアンツと、そういえばライオンズのキャップも買ってもらっていた。

親の意図からすれば、まぁ二大スポーツと言っても過言ではないきっかけを子供に与えたに過ぎないのだろうが、多少の狙い通り、最低限キャッチボールやパス回しは出来るくらいの少年だったハズだ。

東京出身なので、野球は巨人、サッカーはなんとなくスターカズ、三浦カズが居た当時の読売、なんだまぁ両方読売か、が何となく好きだった。

先述のとおり、学生時代には野球にもサッカーにも目もくれず、むしろバスケに熱中していた時期がある程度で、随分野球からは遠ざかっていた。いや、元々遠かったわけだけれども。

とはいえ、アイデンティティに組み込まれてはいた。ジャイアンツ。

ただのその程度だった。

 

で、最近ジャイアンツが好きだ。まぁまぁ好きだ。

きっかけは軒並みである。友人の誘いで東京ドームに観戦に行ったこと。

ビールを飲みつつ、なんとなくガキの頃から好きなチームを応援する。

 

楽しい。

 

贔屓の球団が試合に負けると尋常じゃなく機嫌が悪くなる大人がいるそうだが、そういった人には申し訳ないが、僕としてはちょっと悔しいくらいだ。いや、結構悔しいかな。

 

もちろん勝つと、なんか嬉しい。

しかしジャイアンツが勝つことによって、個人的なメリットは無い。

なんか嬉しい程度だ。いや、結構嬉しいかな。

 

でも、なんで年に数回、東京ドームに行くような感じになっているのだろうか。(そうそう、一昨年くらいからユニホーム来て帽子被って応援してるw)

気がついたのだ。

 

誰かを応援するという行為は非常に尊い。

ただなんとなく好きな人達に声援を送るということは、非常に気持ちがいい。

なぜだろう。

 

そもそも言ってしまえば、プロ野球選手の方々は金持ちだ。社会的にも高いレイヤーに居るプロフェッショナルだ。

時に問題になる社会適合性はともかく、一般的にはそう位置付けられている。

自分たちよりもメッチャクチャに稼いでる人たちを応援するのは何なんだろうか。

一般市民の我々が応援したところで、奴らのほうが稼いでる。全くもって。

そして、応援のために使った金が彼らの給料の一部になっている。観客動員収入やグッズの売上は球団の収入源のひとつになっているのだし、わざわざ自分たちより金持ちに、自分たちの金を使って、応援しているのだ。みんな。

 

無論、チームへの愛情云々があるだろう。

チームが好き。ただただ好き。非常に良いと思う。

憎たらしいなと思っていたライバル球団に居た素晴らしいプレーヤーがジャイアンツに来たら、まぁ好きになるっぷりにチームが基本的に好きなのだ。

この際、金満野球云々の議論は不要とするけども。

 

で、思った。

 

がんばれー!とか、いいプレイに賞賛を送ると、なんか単純に元気が出るんだなと。

 

潜在レベルのどっかで、おし、俺も頑張ろう。とか感じてるんだろう。

 

なんだろうこれ。でもシンプルなんだ。

応援している人が勝つってことは、嬉しいんだ。当たり前だ。

野球、スポーツだけじゃない。

勉強だって、仕事だって、有名人でも、友達でも、後輩でも、応援している人が結果を出すと嬉しいんだ。

応援している自分に酔うのも良いだろうが、自分もなんか頑張ろうつうか応援してもらいたいわけじゃないんだけど、なんか、エネルギーになる。

おし、ジャイアンツも頑張ってんだから俺も頑張ろう!とまではならなくてもいいと思うけど、なんかそんな感じだ。

 

あぁそっか、「君のためにホームランを打つから手術頑張るんだぞ。」の意味がぜんぜんわからなかったのだが、なんかわかる気がする。

応援してる好きな人が、その道でアウトプットを出すと、そりゃあ頑張る気持ちになるわね。

 

で、なにがいいたいかって言うと、なんかくすぶってるんだったら、なんかの応援をしてみるといいかもしれないね。ということ。

散々自分と向き合ってるでしょ?

深く深く掘り下げようと考えたり、時にはうっかり自分のこと責めたりしたりしてみたでしょ。

でも、なんとなくの答えも見えないんだったら、自分の事ばかりではなく、外に目を向けたらどうだろう。

他人と比較する必要なんてのは全然必要ないし。

応援するほうとされる方の変な構図なんか気にすることない。

 

他人に自分のエネルギーを少し向けてみるのは、とてもいいかもしれない。

その行為自体がとっても大切なことになることだって有る。応援自体が趣味だったり、生きがいになったり、さらに、それを通じて仲間ができることも有るだろう。

 

リターンを得るための支援となると、趣旨が変わってくる。全てではないけど、株主が会社に資本を投げるみたいなものとはちょっと違う。

さっきから書いているように、エネルギーを使って、自分と利害関係のないひとを応援すると、なんかが自分にもそのエネルギーがなんらかの形で返ってくる。

ような気がする。いやそうだろうきっと。

 

で、できれば、それこそスポーツみたいに、実際に自分の目で見れて、白黒がわかりやすく、はっきりするものがいいんじゃないかなと。

アーティストなんかの応援もいいけど、どこまで行ったら応援した甲斐を得られるかの線引きが難しかったりするし。自分は満足してるけど、応援相手が満足してないとかその逆とか。

 

何の利害関係もないひとを応援することは、とっても楽しいし、自分のエネルギーにもなる。

そのうち誰かに応援してもらえるようになる。多分な。

 

さ、応援できるものを探してみよう。

 

 

なんだこれ。当たり前のことじゃねぇか。

ではくれぐれも。

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