続けること以外に続けたという実績は残らない

dust/trash/ゴミ

バンドをしっかりやり始めて5年目になった。
正直それ以前にもバンド活動みたいなことをしていたけど、みたいなことだった。

こうして、いわゆる「バンドの現場」っていうところにいると、長くやっているということの偉大さに気がつく。

長くやってるだけじゃん、ってまぁ色々と思っていたこともあったけど、長くやること以外に長いキャリアを築くことはできないわけで、長ければいいのかよ、長いだけじゃんというその感覚はわからなくもないけど、継続する中でというか継続することで当然経験することも多いし、そりゃもちろん頻度にもよるんだろうけど、もりもり長くやってる人ってのは本当にすごい。

そうやっていると、友だちといって良いのかまぁ友達が多いわけで、長い友だちもいれば、若い友だちもいて、相手が勝手に知ってくれていたりとかして、あ、そこそこ、全然前から友だちなんだね!みたいなこともある。年食ってから現場にinした身としてはなんかさみしくなるときもあったりする。基本的に根暗なので、へー、って思う。

だいぶ横道それたけど、長くやるということは長くやること以外に替えがきかない。友だちが多いってのは一例だけど、それもまぁ含めて説得力がある。ように感じられる。

こういうのは歳を取らないとわからない。で、若い頃から余計なことを考えず、シンプルにやってきているひとは、結果としてすごいことをしている。

ただもう最近めちゃくちゃめんどくさくなってきた。

多分年齢的な変化が大きい。30代前半くらいまであった、みんなで楽しく盛り上がろう!みたいな願望も気持ちもなんか減ってきているというか、ギリ、ゼロではない、ってくらいで、とにかくテンションがもう低い、日々低い。セロトニンはバンバン出てるので鬱の類では無いと思う。

終わりを見据え始めるフェーズに来ている可能性大なんじゃないかこれは。

で、そもそも長く続けることに意味があるとかいいながら、何かを長くやろうとして続けてるぶってる考え方が自分で浮かんできている時点で寒い。

それでもギターを背負ってスタジオに行くのはなんなんだろう。

心技体でどれかがダサい状態でステージには上がりたくない。そんな気持ちが僕のなにかしらを支えているのだろうか。バンドはいつ終わっても良いという刹那的な感覚もあるが、でもそれは、いつ仕事を首になってもいい、つまりなんだってできるから大丈夫という自己肯定なのか開き直りなのか46歳にならないと出来ない社会人経験で得たものも含めたメンタルの境地なのかもしれない。

登ってきた階段はいつでも飛び降りられるし、掲げてきた看板はいつでもぶん投げられる。

46年自分を続けてきたからかもしれない。まぁそういうことなんだな。

同じことを続けるなんて別に大したことじゃない。変わったか変わらなかったかそれだけだ。

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